2008年03月30日

さくら・慶喜・蘭亭序

「王義之・蘭亭、はなざかり」という、書の聖人王羲之の蘭亭序が大量出展されている、書道博物館へ。

近くの谷中の墓地に、花見を兼ねて徳川慶喜の墓を詣でる。
とても将軍とは思えない、質素なものだ。
歴代将軍で徳川霊廟に葬られなかったのは慶喜一人で、公爵を下賜した明治天皇に敬意を表し、葬式を神式で行った為ということだが、徳川幕府の幕を引いた人物だ、きっと他の理由があったに違いない。

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墓と桜つきものだが、この辺一帯は上野桜木町という名称で古くから桜の名所をうかがわせる。

賑やかな染井吉野だが幹桜を見つけると、ひっそりと一味違った雰囲気がある。

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古木に咲く事が多いといわれるが、きっと枝の花だけでは子孫を繋ぐ事が出来無いと感じた、桜の命の表れか。
そう思うと、可憐な花が桜の涙のように見えてくる。


さてお目当ての蘭亭序だが、まことに桜に負けず花盛り。
25種類もの蘭亭序が展示されていて、王羲之も墓の中で驚いているだろう。

女官が作ったと言われる賜潘貴妃本や、中村不折の型に嵌らない蘭亭序も眼を楽しませる。

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桜と書が花盛りの一日だった。
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2008年03月25日

意表を突く白水阿弥陀堂

平泉藤原四代の清衡の娘徳姫が、中尊寺金色堂に倣って作ったという白水阿弥陀堂。
白水は平泉の泉の文字を分けたいう、ゆかしい名前。

通常社寺仏閣は結界があって、それを過ぎて現世を越えた別の世界に入るのだが、この阿弥陀堂はそれらしいものは何も無く、意表を突いて全く唐突にその姿を晒す。

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方行の屋根が思いのほか勾配が強く、全体的に骨太のプロポーションなのもやや意外だ。
福島県唯一の国宝建築物だが、明治35年に暴風で半倒壊し古材でかなりの修復が加えられたということで、内部の外陣の天井も見るからに新しく、これも後世の追加らしい。

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しかし、背後になだらかな経塚山を従えて再現された浄土庭園は、阿弥陀堂と一体となり、遅い春の中まことに、極楽浄土を願った平安の世の人の心をそのまま出現させている。
七宝の池に植えられている蓮華が美しく花開く頃、無量光で満たされた庭の姿をもう一度見たいものだと思った。

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ラベル:白水阿弥陀堂
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2008年03月18日

驚きの「日中書法の伝承」展

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今、東京国立博物館、書道博物館で「蘭亭序」の特別展示が行われている。
その陰に隠れて、殆ど宣伝されていないが、謙慎書道会主催の「日中書法の伝承」展に行ってみて驚いた。

ここにも4種類の蘭亭序が出展されているが、それよりも展示内容の充実ぶりに驚嘆する。
書に限定せず、漢字、文字の拡がりを持って様々な展示がされており、木簡、敦煌文書、金石文、亀甲文字、数々の切、篆刻など文字好きの人にとっては正に垂涎の展覧会だ。

金農の隷書なども眼福だった。

金石文や紀元前13世紀の甲骨文などを改めて見て、白川静の「漢字は神との対話」という説を納得してしまう。
しかし、この辺の殆どのもは書道博物館所蔵のもので、以前訪れた時、何も見えていなかったことも自戒。

篆刻についてかなりのスペースが割かれていたが、これにはまだ十分な興味が無く、猫に小判状態だったのも残念。

これだけの秀逸な展示を、一書道団体か開催した事には最大限の拍手を送りたいが、僅か10日間で終了してしまうことは、誠に残念としか言いようがない。








ラベル:蘭亭序 木簡
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2008年03月10日

桜咲く

寒桜や河津桜の便りがあちこちで聞こえるが、身近な早咲きの桜も今日開花した。

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この桜は昨年は、暖冬で2月15日の開花だったので、今年の冬は桜にとっても春を待ち望む人にとっても長く寒かったということだ。

折りしも、今日は国立大学前期の合格発表日で、悲喜こもごもが繰り広げられたことだろう。

長い冬ほど、春の息吹が身に染みる。

 さまざまなこと思い出す桜かな(芭蕉)

サクラサク。
ラベル:
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2008年03月04日

函館・日帰り鉄道雪見旅

北海道旅行も飛行機では当たり前。
春の気配の関東の花粉を避けて、趣向を変えて函館まで雪見旅。それも日帰りでというのが趣向。

盛岡あたりで雪がちらほら見え始め、新幹線終点の八戸では折りしも雪が降っている。

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車窓に流れる雪景色は、寒々しくも何故か心洗われる。

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 風の音が胸をゆする
 泣けとばかりに
 ああ津軽海峡冬景色

意外と明るい、津軽海峡冬景色。

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初めての冬の函館。
駅も、駅前の朝市も綺麗に建て換わってしまったのは、良いのか悪いのか。

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街中は思ったほど雪は無いが、空気は流石に切り裂く寒さの中、駆け足で建物を回る。

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帰りの列車の中での、これはまだ変わらない味のトバをつまみのビールが日帰り強行軍の疲れを癒し、美味だった。
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2008年03月03日

長岡、出雲崎・冬の逍遥

■長岡
長岡出身の知名人といえば山本五十六、米百表の小林虎三郎がいるが、辿りたいもの何と言っても河井継之助だ。

もっぱら司馬遼太郎の「峠」での知識しかないが、時代に早すぎ、戊辰戦争で八十里越えで命を落とした人物の生き様はどうか。

河井継之助記念館の所蔵は、殆どが書なのが意外だった。
館員の方に尋ねると、それしか遺品が残っていないと。
しかし書があればそれで十分だ。

大振りで剛毅な書と、繊細な筆遣いの書が混在し、多面性を持ちながら時代を駆け抜けた性格が、文字の中から浮き上がるようだ。

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継之助の父の河井代右衛門は、聴松庵という号を持ち、僧良寛とも親交があった。
良寛自身がこの地を訪れて、「聴松庵を訪ねる」という漢詩も作っている。二人は何を語ったか。
縁が繋がる良寛と継之助が、僅かに面影を残す庭にその姿を重ね合わせる。

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栄涼寺にある墓はあいにく雪の中で、踏み跡もなく遠くから拝むだけだったが、一つ肩の荷が下りた感じで長岡を後にした。

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■出雲崎
出雲崎は、芭蕉が「荒海や 佐渡によこたふ 天の河」の句を作ったことでも知られているが、何よりも良寛の故郷だ。

良寛記念館は谷口吉郎の設計で、既に40年が経っているが、丁重に維持されて、高台の海風に耐えながら人を迎え入れる。

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たまたま良寛のゆかりの人々という企画展が行われており、貞心尼などの書や絵が見られたのは、思わぬ喜びだった。

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出雲崎の町は背面は急斜面の山が、目の前は波しぶきが掛かる日本海の荒海だ。
そこに妻入りの家々が冬の厳しい気候に耐えるように、肩を寄せ合って連なっている。

良寛誕生の地にある坐像は、母親の生まれた佐渡に向かい、生まれ育った土地の様々な風雪を背負っているようだった。

 たらちねの母がかたみと朝夕に 佐渡の島べをうちみつるかも

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その土地に足を運ばないと感じ取れない、空気と光と風。
出雲崎でも益々その感を深くした。
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