2008年04月26日

声明

声明とは仏典に節をつけたもので儀礼に用いられる宗教音楽だ。

国立博物館で薬師寺展が開かれており、その一環としての声明を芸大の奏楽堂で聴く事が出来た。

薬師寺にも色々な行事があるが、行われたのは最も古い伝統行事の花会式のもの。
僧侶の祈る儀式は大別すると二つで、一つは死者を弔うものもう一つは生きるものがさらに生きられるように願うもの。これが悔過会で花会式は悔過会の一つ。
薬師如来を本尊として行われると薬師悔過。

花会式は修二会とも言われ、東大寺ではこれがお水取りになる。

色々と謂れが輻輳するが、お経の陰々滅々としたものとはかけ離れた陽性な音律と、気合の発散、僧侶のパフォーマンスで、息付く閑が無い。
五体倒地のバリエーションや、神仏混交の様、走り回る不思議な所作なども見て聴いて驚嘆することばかり。

あちこちで、他の芸術のコラボレーションが盛んになっていることも頷ける。

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口伝だけで1300年も伝わってきたことは、薬師寺の薬師如来、日光、月光菩薩も想像していなかたことだろう。

まことに、仏教には体験してみないと判らない事はまだまだ多すぎる。

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2008年04月19日

スイーパー

スイーパーとは、マラソン大会で最終ランナーと一緒に走り、ゴールまで伴走して、確実に競技を終了させる役割の人だ。

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一組4人で、5、2.5、2.5、5kmと一周5kmの皇居を三周する小さな駅伝大会の手伝いをした。
2.5km地点への誘導とゼッケンコール、最終ランナーの確認などの役割だ。

何時もは市民マラソンに出ても、走る事ばかりに気をとられ、運営については巧くいって当たり前、少しでもトラブルがあると批判するばかりだが、主催する側に立つと小さな大会でも様々な段取りの大変さがよく判る。

警察の許可取得、同時開催する他団体との時間と場所の調整、事故に備えての医療関係者の手配、ゼッケン・タスキ、参加賞の配布と回収、記録計時と短時間での順位の集計、成績発表、賞品授与。
そして何処にも捨てるところの無い皇居からゴミの持ち帰り、など等。
小さな大会も大規模な大会も、対応しなければならない事柄は同様だ。

これらの役割をこなす裏方は、別の意味のスイーパーと言えるだろう。

30組120人のささやかな大会だったが、襷を繋いだ人は心地よい汗をかいていた。
最終ランナーと伴走するスイーパーと一緒になって、2.5kmを走って感じた風は、爽やかだった。

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2008年04月18日

幻想の「杉本貴志 水の茶室・鉄の茶室」展

ギャラリー間で、杉本貴志の茶室を展示している。

鉄の茶室は、パンチンングされた残欠の、鈍く光を放つ鉄を中心に素材が組み合わされている。
杉本貴志が茶室を閉じたものでなく、見られるという事を念頭に置いて様々なインターフェースの触媒としての意味を持たせた事が、伺われる。
空間自体は、外光が入る会場構成もあり、比較的常識の範囲内だが、水差などの小物のデザインも眼を楽しませる。
たまたま裏千家のお手前が行われ、慣れない茶席への参加も良い経験だった。

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水の茶室は、「幻想の茶室へようこそ」、というキャッチコピーに相応しく、細いワイヤーを滴り落ちる水滴が、感覚を麻痺させるような無限の循環の中に、妖しく微かなきらめきを送り続ける。

儚いものを逆手にとって、闇の中に永遠に遷ろうかのように可視化した表現は、闇と光が別々のものでなく、同じものの位相を変えた顕れ方の差にしか過ぎない事を納得させる。

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闇の中に仄かに浮かび上がる亭主の姿は、この世のものとは思えないほど美しい。

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2008年04月09日

薄墨桜再び

根尾谷の薄墨桜。
数年前の旅は遅い春で、蕾のみ。

今年は花散らしの雨の隙間を縫って、満を持して訪れた。

1500年を生きながらえた薄墨桜は、泡雪のような繊細な花をほの白く身に纏っている。

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桜の艶やかさとは無縁で、ただひたすら一片一片散ってゆく時の凄絶な美しさを完結するためにだけ、存在しているようだった。

 雪とのみふるだにあるを 桜花いかにちれとか 風のふくらん
                        (凡河内躬恒)
タグ:薄墨桜
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2008年04月05日

王仁桜の虚実

王仁桜は、日本武尊の王子武田王が葬られているという伝説を持つ王仁塚に咲く樹齢300年のエドヒガンだ。
数年前のTVドラマのロケでも使われて、一層人気を高めたとか。

桜のシーズンになると、いつも背景に八ヶ岳と青空を従えて、独立木の美しい姿が映像や写真で流れて眼を楽しませる。

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そんな桜に会いたいものと繰り出してみた。


何と、わざわざ桜の美しさを嫉んで立てたとしか思えないような、醜い高圧線の鉄塔がすぐ横に。

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王仁桜は300年前から咲き続けている筈なのに、電力会社の配慮の無さに憤りを感じてしまうが、鉄塔の寿命はせいぜい50年で、その寿命が尽きても王仁桜は益々美しく咲き続けるだろうと思って、心を慰めた。

鉄塔の見えない遠景だと、里山の桜と相俟ってまさに春そのものが揺蕩うようだ。

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タグ:王仁桜
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