2009年04月29日

群馬音楽センターと高崎シティギャラリー

群馬音楽センターと高崎シティギャラリーは、高崎市のシンフォニーロードと名付けられた道の両側に対照的に建てられている。

群馬音楽センターは、アントニー・レーモンド設計、施行はブルーノタウトを高崎に招いた井上工業だ。
1961年に竣工し既に48年を経た。

打放しの折板構造のコンクリートは、研ぎ澄まされた鋭角性を見せてつい先日竣工したようであり、ベンガラ色の下屋は無機質なコンクリートと不思議な調和を保っている。

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残念ながら内部は見れなかったが、全面開口のエントランスロビーからは外観とは打って変わったモダンな色使いの壁面や、アクロバティックな階段が見える。

この建物は建設時に市民が浄財を拠出して、その費用の1/3を負担した。
その市民の篤かった思いを示すかのように前庭には、「たかさき都市景観重要建築物第一号」の小さなプレートが設置されている。

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施行した井上工業は昨年倒産し、建物も解体建替えの動きに晒されている。
DOCOMOMO二十選にも選ばれ、単なる音楽ホールと言う機能性を超えて、もっとも良質なモダンを伝え続けているこの建物の存続を願わずにはいられない。

道を挟んだ向かいの高崎シティギャラリーは、1994年にオープンし設計は久米設計。
築15年だが、群馬音楽センターとは打って変わった無惨な汚れようは目を覆う。
デザインはあちらこちらで、既視感に襲われる。
前庭は横浜ビジネスパークのマリオ・ベリーニ、ホールの外壁の形態やストライプ状の石の扱いはマリオ・ボッタ。

高崎シティギャラリー1s-.jpg  高崎シティギャラリー2s-.jpg

市民の文化拠点として有効に活用されているようだが、そのデザインの質はどうだろうか。
たまたま出合った施設の職員の方に聞いても、何処が設計したか知りもしない建物だ。
内部を見ていないので、何とも言えないが、外部からだけでも大よその事は推測できる。

二つの施設は、建築のデザインの質も対照的に違いない。
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2009年04月12日

走る人

今はランニングが一昔前は考えられないようなブームになり、皇居の周回コースも、すっかり市民ランナーのお気に入りのジョギングコースとして定着した。
何時の季節も、カラフルなウエアーで走る人が引きも切らない。

皇居の桜田門を入った所がランナー達の集合場所だが、ここに一つの時計台が立っている。
その銘板には、金釘流の朴訥な字で次のように書かれている。

「この塔は、スポーツの原点である「走る」ことが日常生活のなかにとり入れられることを希って本連盟が呼びかけ、スポーツに理解ある人びとの好意でできあがったものです。
塔デザインは「仲間と走ろう」をテーマに「走る人」を表現しています。
1975年 体育の日 財団法人日本陸上競技連盟」

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34年間この場所に立ち続けていた「走る人」の時計台は、その銘版にある通り”「走る」ことが日常生活のなかにとり入れられる”事が市民権を得た今、四季折々に皇居を「走る人」を眺め続けるだろう。

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ランニングを愛好する一人として、無骨な時計台が何時までも時を刻んでもらいたいと思った事だ。
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2009年04月11日

橋の端々

永代橋:
大正15年竣工、田中豊原案、竹中喜忠設計(デザインは建築家の山田守や山口文象が関与)

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豊海橋:
昭和2年竣工、田中豊設計

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清洲橋:
昭和3年竣工、田中豊原案、鈴木清一設計。モデルになったというケルンの吊橋は今はどうか。

20090411清洲橋s-.jpg  20090411清洲橋1s-.jpg


震災復興の橋たちは80年を経ているとは信じられないほど美しく、設計した技師と施工した人々の心と技を伝え続ける。
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驚きの「完全復元伊能図全国巡回フロア展」

東京では4月11日、12日だけ行われる、フロア展を見に深川へ。
何故深川かというと、忠敬は深川黒江町(門前仲町)へ江戸の居を構えたからで、開催の会場の嚆矢が深川なのも意義深い。

さて、55歳から17年掛けての4万キロの足跡は伊達でなく、予行演習で色々本を読んではいたものの地図のその大きさと精緻さには、予想を超えた驚愕。

街道歩き派としては、歩いた街道を辿ってあの道この道、何時までも飽きる事がない。

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折り目正しい楷書の自筆の書が展示されていて、見事なほどに几帳面な性格が表れている。
この文字を書く人ならではの、四万キロの足跡と頷けた。

20090411伊能忠敬書s-.jpg


次は伊能忠敬の故郷の佐原まで行って、水郷の風情も味わう宿題が残る。

すぐ傍の富岡八幡には伊能忠敬の像があり、一足伸ばすと同じく歩くことでは忠敬に劣らない芭蕉の記念館もある。
しかし、こちら芭蕉記念館の展示はあまりにもお粗末で、俳聖芭蕉に対して申し訳ないほどのものだったのは残念至極。

20090411芭蕉像s-.jpg


このフロア展は次は6月に横浜で開催され、その後3年掛けて全国巡回される。
一時は第二の人生の送り方という意味で、伊能忠敬ブームになったがその様な矮小な意味付けを離れて、ひたすら歩くという事の行為を解きほぐすのも面白く、井上ひさしの「四千万歩の男」を読むのもよし、渡辺一郎の「伊能測量隊まかりとおる」を読むのもよし。

不思議なことに主催者の伊能忠敬研究会は、今の時代にHPも作っていないが、閉塞する今の日本に世代を問わず多くの人に、地図を通して広がる夢を見てもらいた展示だ。

初夏の陽気の中、隅田川の川風に吹かれて、お江戸深川、歩く巨人達の業績と史跡を確認するのに絶好の日和だった。
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