2009年09月26日

東博平常展散歩:趙之謙など

東博と言うと、最近はもっぱら阿修羅展に代表される特別展ばかりが目に付くが、「趙之謙とその時代」をお目当てに特別展の合間の平常展に足を運んでみた。

趙之謙は清時代に逆入平出の技法で、碑学派最後の人間として北魏書という表現分野を切り開いた。
隷書、楷書、行書の作品は、型へ落ち込みそうになりながらも、際どく踏みとどまり、特に渇筆の楷書五言聯では鬱屈した気が噴出している。

趙之謙1s-.jpg  趙之謙2s-.jpg  趙之謙3s-.jpg

篆刻の方が日本に強い影響を与えたというが、篆刻については全く不明なので、猫に小判なのが残念だった。


2Fでは、「中国書画精華」。
国宝が目白押しだったが、趙孟ふの蘭亭序十三跋が一際眼を引いた。
日本の焼経は見ているが、定武本蘭亭序を臨書して火に遭ったものが丁重に装丁されており、蘭亭序に対する中国の計り知れない偏愛振りが溢れ出る。

20090926蘭亭序十三跋s-.jpg


黄庭堅の王史二氏墓誌銘稿巻も、夥しい加筆訂正が面白い。

20090926王史二氏墓誌銘稿巻s-.jpg


書以外にも、こんなものがこんな所にと眼福横溢。

遮光器土偶は亀ヶ岡のものが有名だが、秋田の恵比須田のものも中々だ。逆に亀ヶ岡の遮光器土偶でないものもユーモラス。
火焔土器も陳列中。

20090926遮光器土偶s-.JPG  20090926亀ヶ岡土偶s-.JPG  20090926火焔土器s-.JPG


438年作の江田船山古墳出土の銀象嵌銘大刀は、日本人による現存最古の漢字が描かれている。
稲荷山古墳出土のものと同じ雄略天皇に比定される大王の名前が書かれていて、大和政権の勢力範囲を知る上でも有名だ。
ここでお目にかかれるとは思わなかったが、勿論国宝。

200909026銀象嵌銘大刀全体s-.jpg  200909026銀象嵌銘大刀s-.jpg


さりげなく珠玉の青磁「銘馬蝗絆」が置かれている。

20090926馬蝗絆s-.jpg


小品だが、酒井抱一の「武蔵野図扇面」は扇一つで秋の気配を漂わす。

20090926酒井抱一扇s-.jpg


法隆寺宝物館の「摩耶夫人及び天人像」
摩耶夫人が無憂樹の花枝をた折ろうとするや、釈迦が腋下から誕生した伝説の造形だが、闇の中ではまるで流麗に舞い踊っているかのようだ。

20090926摩耶夫人s-.jpg


竜首水瓶の、蓋の龍の抉り取るような造形は緑色ガラス製の竜眼を一際引き立たせ、竜は眠る事無く時空を睥睨し続ける。

20090926竜首水瓶s-.jpg


美術の秋の少し手前、見れども見えずの幣を少し解きほぐした平常展散歩だった。
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2009年09月10日

渡辺豊和の秋田市体育館

気に掛かっていても、中々見る機会の無かった渡辺豊和。
たまたま自転車旅行で思いがけず、秋田でその奇想にお目にかかった。

この建物を、渡辺は自分のHPのトップページの写真としているので、自信作なのだろう。次のように書いている。

 <縄文首都のオリンピア神殿>
・縄文(日本初発の生命原理)美の建築空間化
・親子亀(東アジアの聖獣)に封入されたエジプト神殿。
「縄文土器の典型、火焔土器は数匹の蛇がとぐろを巻き絡み合い互いに火焔を天に向かって噴き出しているような造形である。これは日本の造形(芸術)でもっとも世界性が高いであろう。この建築は火焔土器を巨大化させたものである。」

火炎土器は牽強付会だが、親子亀は全く当たっている。

竣工は1994年なので、それなりの古び方で、外光が無造作に差し込むドーム状のアリーナもかなり使いにくそうだ。
しかし渡辺は最低限の機能だけは確保して、ひたすら機能的に無意味な造形を付け加え続け、機能的な無意味さは美の領域では逆に極めて有意味かも知れず、白銀の輝きの大屋根は鈍色のコンクリートとよく調和する。

20090910秋田市体育館外観s-.jpg  20090910秋田市体育館サブアリーナs-.jpg


毛綱毅曠も、自分のコスモロジーを形態に還元したような造形で印象的だが、渡辺豊和の建築も殆ど同じ構造を持っている。
彼の場合も失われたもの、嘗て存在したもの、そして胎内回帰への願望のように見受けられる。

20090910秋田市体育館メイイアリーナs-.JPG  20090910秋田市体育館ロビーs-.JPG  20090910秋田市体育館回廊s-.JPG

秋田に咲いた、渡辺豊和の混濁した夢は、読み解く人を混乱させるに十分な呪術を掛け続けていた。
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龍飛岬からツールド・日本海(その3:十二湖〜秋田)

東北地方日本海側のみ、不幸にも雷雨の予報で、その通りの朝方からの悪天候。列車で雨の無い所へ退避も考えたがその列車も所詮2時間に一本。
天候の様子見で結局予定より2時間遅れで走り出す。

昨日にも増して、海沿いは強風だが八森町あたりからは海岸を離れ平坦な路になり、距離が稼げる。尤も見所も殆ど無く、能代を過ぎると全くの平坦路となり、僅かに時々出てくる羽州街道の碑や、菅江真澄の足跡が目を引く程度。

20090910荒れる海.JPG  20090910羽州街道s-.jpg  20090910松庵寺s-.jpg


八郎潟あたりは一面の稲穂が、正に豊葦原の瑞穂の国。

20090910稲穂s-.jpg


初めて見かけた一里塚も何となく嬉しく、昨日と同じ、突然降り出す通り雨の天候を何とかかいくぐり、またしてもご褒美の虹を見て秋田駅に辿りつく。走行距離は116km。
これで第一ステージは終わりだが、歩き旅と違って、秋から春は風の冷たさ強さで難しく、下関はさておいて、次の日すら何時になるかおぼつかなし。

一里塚s-.jpg  20090910虹s-.jpg  20090910秋田駅s-.jpg
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2009年09月09日

龍飛岬からツールド・日本海(その2:十三湖〜十二湖)

十三湖は中世は、十三湊として繁栄したものの今はその面影はなく、松林に風が吹きすさぶのみ。
僅かに蜆で有名で、昨夜の蜆汁の味を思い出しながら出発。

殆ど無用な一直線の広域農道で、津軽の名山岩木山を正面に、風に逆らいながら走るとまもなく遮光器土偶で有名な亀が岡にたどり着く。
本物は国立博物館にあり、さらに今は海を渡り大英博物館で開催されている展覧会に行脚中。

20090909岩木山s-.jpg  20090909広域農道s-.jpg


変哲も無い今の水田の風景からは想像できない、司馬遼太郎が「北のまほろば」と表現した豊かな縄文文化が存在し近くの考古資料館にも足を運ぶと、籃胎漆器等も発掘されていることに驚いた。

20090909亀ヶ岡遺跡s-.jpg  200909094遮光器土偶s-.jpg  20090909籃胎漆器s-.jpg


日本一大きいという国の天然記念物の北金が沢の樹径22mの林のような公孫樹や、関の甕杉の巨木も見物。

20090909大銀杏s-.jpg  20090909甕杉s-.jpg


鯵ヶ沢からは五能線と平行した路を走り、観光の定番の千畳敷で一休み。

20090909千畳敷s-.jpg


東北と言えばあちこちに出没する菅江真澄の足跡にも気をとられながら、これもまた日本一美しいと言われる深浦の海岸の夕陽を眺めつつ、今日も無事に宿にたどり着く。

走行距離は105KM程度だが、相変わらずの向かい風、それに加えての突然の通り雨には悩まされ続けたが、重陽のこの日、荒れた天気を詫びるように現われた虹でよしとした。

20090909十二湖付近夕陽s-.jpg  20090909虹s-.jpg
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2009年09月08日

龍飛岬からツールド・日本海(その1:龍飛岬〜十三湖)

奥州街道を三厩を越えて龍飛まで歩き終えたので、次の旅の始まりは旅の終わりの龍飛岬。

本州の日本海側を下関まで、輪行しながら自転車で走り抜けるのも、足を運んでいない場所も多く面白そうと、折畳み自転車を携えて一寸龍飛まで繰り出した。
いわばツールド・日本海。

一日目は龍飛から十三湖まで。足慣らしにに40km弱の行程。

龍飛からは十三湖手前の小泊まで、鉄道は勿論もバスも無いので、いざと言う時のエスケープのすべがない。
トラブルの無いことを祈りながら、懐かしい龍飛の灯台前からスタートした。

走り始めた途端に予想外の、上り坂、予想外の向かい風。
龍飛の灯台が、この辺の最高地点と思っていたら大きく目論見が外れ九十九折の道を、それから400m以上の高度差を上り続ける。
前回は見えなかった北海道の景色を、心置きなく見る余裕も有らばこそ。

20090908竜飛岬灯台-.jpg  20090908竜飛俯瞰s-.jpg


上り切り、再び九十九折を降り切ると、津軽半島の東海岸で見かけた、松陰道の入り口の碑が立っている。
吉田松陰は真冬に、ここから徒渉を繰り返し寒沢(今の算用師峠)を越えて、三厩まで下った。
東北遊日記には、「寒沢丗里路行き難し」と書かれているという。
この旅で士籍剥奪までされた若干22歳の松陰は、何を見ようとしたのか。

20090908松陰道s-.jpg


この日はとにかく、自転車の旅では全ての坂は上り坂、全ての風は向かい風、ということを海沿いの地形と日本海の風で思い知らされた。
岬を越えるには、坂があり、岬の先には風がある。
それでも景色のよさに元気づけられ、何とか第一日目の十三湖の宿にたどり付いた。

20090908海岸風景s-.jpg  20090908ススキs-.jpg  20090908十三湖s-.jpg


街道歩きと違って、走れる季節は極めて限られるので、下関まで辿りつくのは何時になることやら。
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