2010年03月27日

「博物館でお花見を」から西行に花たてまつる

開花宣言の後の花冷えで、戸惑い勝ちの桜だが、東博は特別展の幕間つなぎの「博物館でお花見を」。
展示品を見るのも良し、花を愛でるのも良し。

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国宝室の花下遊楽図屏風も、浮かれ踊って艶やかだ。

20100327花下遊楽図屏風s-.jpg  20100327花下遊楽図屏風2s-.jpg


館内に桜をモチーフにした様々な名品が展示されて、いつも見過ごしてしまうものも新たに楽しめる。
北斎は夜鷹かと思ったら「桜花に鷹」

20100327瓢形花入s-.jpg  20100327桜花に鷹s-.jpg


明日は陰暦の2月16日で、桜に生き、桜に死した西行の命日にあたり、今日は西行忌。

 仏には桜の花をたてまつれ わが後の世を人とぶらはば

西行の墓のある弘川寺まで行くことは叶わぬので、せめて今日は現し世から博物館の選取り見取りの花を奉りたい。

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2010年03月22日

東京大学総合研究博物館の「命の認識」展

東京大学総合研究博物館で行われている「命の認識」。

遺体科学の教授で、年何百体もの動物をひたすら解剖する遠藤秀紀の総指揮で会場が構成されている。

遠藤は、かなり気負って次のように語り始める。
・・・あなたを苦悩のどん底に陥れる空間を東大の博物館に創ってみたいと思っていた。「命の認識」は、博物館を快楽やサービス提供の場などと称した昨今の悪しき意思を根本から破壊して、そこに個人が命を認識するまでの根源的苦悩の場を広げることを、私が試みたものである。・・・

導入部に晒された骨ではなく、遠藤が「死の誕生」と呼ぶアジア象の死産胎児、キリンの死産胎児の体幹が出迎える。
遠藤は、アジア象についてこう述べる。
・・このゾウを見て、 神秘でも、畏怖でも、謎でも、ときには嫌悪でも、多くの人に命を源泉とした特異な感覚が生まれるならば、この命展はひとつの出発点を獲得したといえるのである・・・

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学術的な意味合いをまったく捨象して、一室に分け隔てなく大きな一枚のテーブルに整然と並べられた夥しい骨は語らないことで命を語る。

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商業主義的な博物館展示への強いアンチテーゼから、展示には一切のキャプションがなく、皮肉たっぷりに「日本人的な勤勉さに対する、わずかばかりの添えもの」とされたリーフレットがあるだけだ。

写真家の石内都が「ひろしま/ヨコスカ」で、やはり一切の説明を排除したことを思い出す。


隣の会場では、キュラトリアル・グラフティ展が行われており、動物でない、人にかかわる考古学的なものをキュラトリアルワークとして展示している
展覧会を企画開催することはcurateだが、標本の保全と活用もcurateということを知る。

考古学としての、人の頭蓋骨も正にキュラトリアルワークの成果として展示されており『古人骨頭骨「名品」展示』とあった。名品だ。

動物も縄文人も、命を認識するまでの根源的苦悩の場を広げる、というよりも一種の秘やかな快楽に繋がっているように感じられた。

中原中也の「骨」
 ホラホラ、これが僕の骨だ、
 生きてゐた時の苦労にみちた
 あのけがらはしい肉を破つて、
 しらじらと雨に洗はれ
 ヌックと出た、骨の尖。
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2010年03月10日

三月十日東京大空襲・井上有一遺墨展

すみだリバーサイドホールで、東京大空襲の三月十日を挟んでたった3日間だけ開催された、井上有一の遺墨展。
既に伝説の書家になっているが、井上は東京大空襲に遭遇し仮死状態から奇跡的に生還した。
昨日は、今や殆どの人が記憶の彼方になっている、東京大空襲から65年目だ。

どの書も叫びに満ち、咆哮し、地の底から、唸りをもって湧き上がるようだ。
書で何が表現出来て、何を伝えられるのかと言う事に対する、有無を言わさぬ回答がある。

木をクリッド状に組んだシンプルな会場も素晴らしい。

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晩年の井上が、禅の高僧の遺偈を臨書した作品も展示されている。

自分の残る命を知った時に、荒々しい筆捌きから遺偈に移行し、最後は宮沢賢治の物語を稚拙に見える字で書き残している。

20100310井上友一展遺偈s-.jpg  20100310井上友一展3s-.jpg


井上が残そうとしたものは定かでは無いが、定かでないものが深く強く心を打つ。愛も風も正に日々の絶筆だ。

20100310井上友一展風s-.jpg  20100310井上友一展愛s-.jpg


死後発見されたという、井上自身の遺偈の通り、彼は無法を追って無法に至れたか。

 井上ゆいげ.jpg

 守貧揮毫
 六十七霜
 欲知端的
 本来無法
 八二・十月廿七日
     有一
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