2013年08月29日

富弘美術館と足尾

群馬の草木湖に面して建てられている富弘美術館はコンペで選ばれ、金沢の21世紀美術館と全く逆に四角い外郭に多数の正円を内接させて展示スペースを作る空間構成で話題になった。
どんなものかと、見に行ってみた。

平屋の外観はエントランス側にだけ表情があり、よく見ると円と円の接する残余部分が表に表現されている。
内部にも空の部屋という、一部が外部に解放されたコーナーがあり、ここでは他の部屋を外観として円を見ることが出来る。
展示室は大小8つあるが、鑑賞ルートは誘導的になっており、意外と導線が混乱するような事は事は起こらない。
曲線の壁に、絵画を展示することの不合理さは誰しも分る事だが、星野富弘の作品の小さいスケールがそれを救っている。

この美術館は小奇麗で、個人作品の展示に限定しているという事ではその役割は十分果たしている。
しかし正方形と円というコンセプトの実現だけに精力を使い切り、空間的な豊かさや感動は殆ど見当たらない。
何時も写真で見かける、内部空間を暗示した四角の中に丸が配置された屋上の姿は、道を挟んだ駐車場側の斜面をよじ登らないと見ることは出来ない。
空からしか見えないのは、ミニ・ナスカの絵のようで、設計者のヨコミゾマコトの自意識と単純な精神構造をよく表している。

20130826富広美術館s-.jpg  20130826富広美術館俯瞰s-.jpg


美術館の運営や作品に眼を向けると、旧館の時代から開館20年目にして既に600万人が訪れており、息の長い人気が続いているという事になる。

詩画作家というネーミングで説明される作者の言葉が添えられた癒し系の作品は、その言葉が書の相田みつをの作品と瓜二つだが、絵よりも言葉の方に気を取られがちになる。
相田みつをは在家で禅を学び、星野富弘は洗礼を受けたクリスチャンと言う事も相似形のように見える。

星野富弘は草花を中心とした静物の絵しか描かない。
岩崎ちひろは、やはり癒し系だが様々な人の絵も描き、メッセージ性の強い「戦火のなかの子供たち」という作品もある。
男性が癒しだけの周りを回遊し、女性がそこから逸脱して綺麗ごとだけでない表現をするのは興味深い。

美術館からわたらせ鉄道で足尾に行くと、100年前の古河工業の迎賓館の掛水倶楽部があり、外から様子を窺った。最近まで使われていた気配のあるテニスコートに面して、これはまだ使われているという書庫がある。
掛水倶楽部の設計者は不明、書庫は明治43年建設なのでこれも100年以上の歴史がある。
掛水倶楽部に隣接して、殆ど人が住んでいない社宅群があり、他の場所にも廃墟となった社宅群が散在しているようだった。
足尾銅山は昭和48年に閉山しているで、この社宅もそれから40年経っていて、暫くすると歴史の仲間入りをする。
わたらせ鉄道の車窓からは、廃墟となった通洞選鉱所も見ることが出来る。
新しい建物よりも、過去が塗り籠められた廃墟が語るものが多い。

20130826掛水倶楽部s-.jpg  20130826書庫s-.jpg  20130826掛水社宅s-.jpg

20130826通洞選鉱所s-.jpg

 
足尾銅山はその公害の歴史も含めて、世界遺産登録を目指しているが、今も公害の廃水処理の作業が続けられており、遺産となる過去と共に現在に連続している過去を抱えている。
この日は足を伸ばせなかった、鉱毒で全ての樹木が枯死した松木渓谷もいつか確かめたいと思われた。

100年後の富弘美術館はどうだろうか。
掛水倶楽部は残るだろうが、富弘美術館が草木湖を望む場所に同じ姿で存在している事を想像するのは難しい。

富弘美術館も含めて、一睡の夢 一期の栄華 一盃の酒。
posted by 遊戯人 at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 見る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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