2012年04月11日

花の雲 鐘は上野か浅草か

江戸に幕府公認の時の鐘は10あり、日本橋石町、浅草寺、上野山内、本所横川町、芝切通、市ヶ谷亀岡八幡、目白下新長谷寺、四谷天龍寺、赤坂田町(初め圓通寺から成満寺)、下大崎寿昌寺と言われている。
目黒祐天寺と巣鴨子育稲荷がこれらに加わって12、これらから3つが除外されて江戸後期には9つ。
そのうち日本橋石町、上野寛永寺、浅草寺弁天山、赤坂圓通寺、四谷天龍寺、目黒祐天寺の6か所の鐘が現存している。

「花の雲 鐘は上野か浅草か」、芭蕉のこの句に誘われて二つの時の鐘を巡りつつ桜狩を兼ねて歩いてみる。

上野の時の鐘は、韻松亭という茶店の敷地内にあり、史跡として厚遇はされていない。
時の鐘自体は以前は寛永寺のものだったが、今の所属はどうなのか不明。鐘も一日三回撞かれているらしいが誰が撞いているのだろうか。
芭蕉の句はここの鐘を詠んだと言われるが、かろうじて、桜の景観を添える事ができる。

20120410上野時の鐘s-.jpg


東博の敷地には本館前に見事なヨシノシダレがあるが、まだ早い。
「博物館でお花見を」の桜にちなんだ展示も例年と同じなのは、良いのか悪いのか。国宝室は恒例の花下遊楽図屏風。
例年今の時期公開される庭園の、若葉も添えるオオシマサクラと盛りのエドヒガンサクラが目を楽しませてくれる。花の下は現代の花下遊楽図。

20120410東博ヨシノシダレs-.jpg  20100327花下遊楽図屏風s-.jpg  20120410東博庭園桜s-.jpg


浅草は、震災復興支援の名目で公開されいる浅草寺の伝法院の庭を拝観。
小堀遠州の作とされ明治までは秘園だったが、昨年国の名勝に指定され、それまでは未公開だったものをそれを期に、時々公開されるようになった。

喧騒の仲見世が直ぐ隣にはあるとは思えない雰囲気で、おりしも桜が満開、五重塔に加えて景観にスカイツリーも加わってまことに春に相応しい。
特別展示室では、見事な寺仏の大絵馬が楽しめる。

庭園の今後の公開は未定との事だったが、浅草の名所として今後も多くの人楽しませてもらいたい。

20120410伝法院s-.jpg  20120410伝法院結界s-.jpg  20120410伝法院蹲s-.jpg


さて、お目当ての時の鐘は境内の弁天山にあり、足元には芭蕉の「くわんをんのいらか見やりつ 花の雲」の句碑がある。この句は芭蕉43歳、同じ花の雲でも、時の鐘の句は44歳。
この時の鐘も、現在も午前6時に時を知らせているという。

同じく境内の奥中庭園には宗因、芭蕉、其角の三匠句碑があり、こちらには時の鐘の句が彫られている。

 ながむとて花にもいたし頸の骨   宗因
 花の雲鐘は上野か浅草か     芭蕉
 ゆく水や何にとどまるのりの味   其角

20120410浅草寺時の鐘s-.jpg  20120410三匠句碑s-.jpg


浅草寺の時の鐘は1692年に、上野の時の鐘は1666年に作られている。芭蕉の時の鐘の句は1687年に詠まれているので辻褄が合わないがそれはそれ。
花見に野暮は無しで、〆にはやはりスカイツリーか。

酔眼ではないのだが、噂の通り塔が傾いて見える。
低層部の三角形から上部の円形に変化してゆくために、そう見えるという事で実際に塔が傾いている訳ではないが、ざらりとした不快感が残り、あまり気分のいいものではない。

これも隅田川の桜の潔さに免じて、目をつぶる事にした。
春のうららの隅田川。

20120410隅田川とスカイツリーs-.jpg  20120410スカイツリーs-.jpg   
posted by 遊戯人 at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 見る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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