2013年10月02日

都民の日の庭園巡り

毎年10月1日は都民の日で、東京都関係の美術館や庭園が無料開放される。

東京都には浜離宮恩賜公園、芝離宮恩賜公園、小石川後楽園、六義園、向島百花園、清澄庭園、旧古河庭園、旧岩崎邸庭園、殿ヶ谷戸庭園と管理している有名な9つの庭園があるが、何故か芝離宮と向島百花園は未踏だった。

都民の日をよい機会ということで、出かけてみた。

芝離宮はすぐ傍の浜離宮に比べて規模は小さいものの、あちらこちらに豪快な石組みや異な灯篭もあり、泉水に映る高層ビルの姿も都心ならではのもの。
謎のドルメンのような石柱があって、「この石柱は小田原北条家に仕えた戦国武将の旧邸から運ばれた門柱です。ここが小田原藩(大久保家)の上屋敷であった当初、茶室の柱に使われていた」というもっともらしい説明が書かれていたが、本当だろうか。
石の柱の茶室など、見たことも聞いたこともないのだが。

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ともあれ、浜離宮ほど有名でないので人出も少なく、開けた空を見てのんびりするには絶好の場所のように思えた。

向島百花園は、江戸時代の町人で骨董商を営んでいた佐原鞠塢が作ったという異色の庭園だが、文人墨客に愛され、幾多の水害や空襲の被害を乗り越えて今も多くの野草が咲き誇り、丁度秋の七草が盛りだった。
この庭園はとりわけ萩が有名で、萩を詠む句があちこちに掲げられて、いかにも庶民の身近な庭園の伝統が続いている感を受ける。

秋の野に 咲きたる花を 指折りかき数ふれば 七種(ななくさ)の花
萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花
                        山上憶良 

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文人墨客の一人として入り口の扁額は蜀山人が揮毫しており、百花園の名称自体は酒井抱一が付けたということだ。
抱一の「夏秋草図屏風」や「月に秋草図屏風」などは何となく百花園の風情をうかがわせる。

庭園内から見えるスカイツリーも、江戸時代から続いた下町の庭園に新しい風景として根付きそうだ。

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2013年01月11日

川俣正展「Expand BankART」

今年の初参観で、会期末の川俣正展「Expand BankART」 へ。

開催期間中に作り続けられ、未完の姿が完成形と言う崩壊感覚溢れる彼の作品は、国内では披瀝できる場が殆ど無く、これだけ大規模なものを見れることは珍しい。
11月上旬から製作が始められ、川俣は製作完了を待つことなく12月8日にパリに戻っている。正にワークインプログレス。

BankARTの外部に設営された、パレットによる同形のものを少しずつずらしながら配置するインスタレーションは癌細胞が増殖するような不気味さだが、人工物のため意外と整然としており、柴田敏雄が写し出すグロテスクさとよく似ている。

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会場内部は1Fは木製パレットによるkawamataホール、2Fは木製サッシによる天井、3Fは藤森照信の高過庵を思わせるような柱に取り付いた小屋、とそれぞれの出し物があるが、ホール以外は力が抜けている。
多分現地で企画構成し、ワークインプログレスと言えども企画が密度の濃さまで至らなかったのだろう。

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幾つかの映像作品もあり、パリのサン・ルイ教会の「椅子の回廊」などはかなり刺激的で、これが本来の川俣かなとも思える。

川俣は木製の材料でインスタレーションを行う事が多く、その理由として加工と入手の容易さをあげているが、あまりにも判りやすいその説明は目眩ましに思える。
生まれた北海道の三笠市の風土と関係がありそうにも思えるが、固執する原体験があるに違いない。

豊洲ドームも、今回の作品群も廃材が利用されている。
豊洲ドームの折は、豊洲の埋立地が関東大震災の瓦礫であることを知り、廃材を使う事を思いついたと。
パリには被災地の廃材によって、木造10メートルの構築物をつくり上げていく計画も進んでいるという。
真新しい材料でなく、廃材を使うのは崩壊感覚に拍車をかける。当然Expand BankARTで東日本大震災の廃材を使う構想もあったのではないか。
それが実現すれば、インスタレーションは現実と虚構の二重の崩壊性を獲得し、重層的な意味を持ちえただろう。
川俣は、岩手プロジェクトで被災地支援も行っているが、Expand BankARTでは、しかし今回は東日本大震災へのメッセージ性は希薄だ。
進行形の重く突き刺さる現実を、虚構がどのようにしても超えられないとの諦観だろうか。

展示の素材として大量に使われている木製サッシは、解体中の近くの海岸通団地から持ち込まれた。
解体現場に立ち寄ると、粉々に砕かれて瓦礫となったものたちは、東日本大震災の無惨な光景と重なり合いどこか涙を流しているようだったが、数本の樹木はかろうじて伐採を免れて残存していた。
木製のサッシは会期末にその寿命を終えるが、樹はきっと軽やかに人々の記憶を留めて生き続ける。

東日本大震災から1年10ヶ月が経った。

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2012年07月28日

「青山杉雨の眼と書」展と良寛

東博で今「青山杉雨の眼と書」と言う展覧会をやっている。
上野の都美館と西洋美術館はフェルメール目当てで、暑さにもかかわらず長蛇の列だが東博はひっそりとしている。

青山杉雨の事は殆ど知らなかったが、東博で個人の書を特別展で扱うのは西川寧以来二人目と言う事だ。
編年体のように展示されている作品は、一作一面貌と言われる次々変貌する作風をよく表しているが、70歳を過ぎてからの作品が素晴らしい。

とりわけ印象に残ったのが「書鬼」と言う作品だ。
この作品は最晩年の最後の大作で、81歳の死の前年に子息に身体を支えて貰って書いたものとされるが、死の床での裂帛の気配が書の周りに漂っている。

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一つの書だけでも、その人の生き様を語りつくす事が出来るということだ。

常設展には、時々思いもかけぬ書の作品が展示される。
良寛の枯れかじけた自画賛「貴賎老少唯自知」、画は髑髏。

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良寛の最後は 貞心尼との相聞で知られるが、髑髏の画は何時のものだろうか。
青山杉雨の最後と良寛の最後は書において対比的だが、何れもきりきりと人の心を騒がせる。
 うらを見せ おもてを見せて 散るもみぢ
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2012年05月19日

根津美術館、燕子花と隈研吾

根津美術館の新館はもう竣工後3年経つのに、何故か機会が無く、ようやく足を運んだ。
100年ぶりの再会という、根津の「燕子花図屏風」とメトロポリタンの「八橋図屏風」。

2008年に、東博で大琳派展が開かれてこの時は光琳の本歌取りの酒井抱一の「八ツ橋図屏風」を見ているが、あまり鮮明な記憶が無いので、今回は本歌をしかと見届けるつもりで。

燕子花図屏風は光琳44歳の作、八橋図屏風はその10年後の作とされているが、光琳は50代後半で亡くなっているので八橋図は晩年の作といえる。
余分なものを切り捨てた抽象性と、少ない色使いの燕子花図が八橋図を圧倒する。
10年経って、より説明的な画を書いた理由は不明だが、燕子花図より抽象性が薄れ色も増えた花の姿、決して画に有効な効果を与えていない、たらしこみの橋の表現。
一作品で見れば、八橋図屏風はそれなりで、さらに酒井抱一のものと比べれば、優品かも分からないが、比べることが出来てしまうというのは、別の意味で残酷なことではある。

 irises.jpg  eightbridges.jpg  酒井抱一八橋図.jpg


伊勢物語も東下り第九段・その壱の八橋から進みその三に、「名にし負わば いざ言問はん都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」
これにちなんでつけられた言問橋から、さらに歪曲された東武鉄道の業平橋の駅名は、いまは「とうきょうスカイツリー駅」という仮名とカタカナの恥ずかしい駅名に変わってしまった。
東武鉄道の社長だった初代根津嘉一郎のコレクションが根津美術館の礎であるわけで、燕子花図屏風は在原業平を媒介にしてスカイツリーと繋がっている事になるが、この所縁には墓の中の根津嘉一郎も苦笑しているだろう。

さて、隈研吾だが、巨大になりがちな都会の美術館を和風の屋根で分節化する手法は、手馴れたもののように見受けられた。
低い軒の出は、馬頭美術館や那須歴史探訪館と同じだが、プロポーションはより洗練されている。
アプローチは、馬頭は那須は材料として木だったが、今回は生きた竹も加わって美術館への期待を膨らませる。
しかし、エントランスの開け放たれた空間に出ると何故かそこに全く無粋な駐車場が悪夢のように併設されており、これは何かの間違いに違いないと思いたい。

内部空間のディテールにさほど見るべきものは無い。というか、隈研吾はディテールには興味が無いのだろう、彼の建築では美は細部に宿らない。


20120517根津美術館外観s-.jpg   20120517根津美術館アプローチs-.jpg  20120517根津美術館エントランスs-.jpg


燕子花図屏風は、毎年美術館の庭園の燕子花の見ごろに合わせて公開されており、庭園の花は明るい日差しの中で震災で中止された二年越しの「燕子花図屏風」と「八橋図屏風」の出会いに一番の彩を添えていた。

20120517根津美術館燕子花s-.jpg


在原業平は56歳で亡くなり、 光琳の八橋図は54、5歳の頃に描かれたとされている。
伊勢物語の終段は
 つひにゆく道とはかねて聞きしかど きのふけふとは思はざりしを

最晩年の光琳が、業平に思いを致す事もあったに違いない。
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2011年10月31日

黄金町バザールの心地よさ

今年で4回目になる黄金町バザールは、アートと町との様々な関わりで地域の活性化を目指す活動だ。
http://www.koganecho.net/koganecho-bazaar-2011/

開催地域は日ノ出町から黄金町、初音町に掛かる一帯で地名の佳名にも関わらず、少し前まではいわゆる青線として名高い特飲街だった。
そこから脱却し、地域ぐるみでアートでの再生を目指して、その動きは成果を見せ始めている。

今年は横浜トリエンナーレの特別連携プログラムということで、期待を持って足を運んだ。

京急の高架下には数年前から日ノ出スタジオ(設計者:飯田善彦)があり、今回高架下新スタジオ(設計者:元シーラカンスの小泉雅生)と黄金スタジオ(設計者:みかんぐみの曽我部昌史)との二つのスタジオも新設され、地域の取り組みへの力の入れ方が見て取れる。
これらの三つのスタジオは、土地のいかがわしさを拭い去った小奇麗な建物だが、残念ながら周りの猥雑な建物に立ち向かう力を見ることは出来ない。

20111023日ノ出スタジオs-.jpg  20111023高架下新スタジオs-.jpg  20111023黄金スタジオs-.jpg

黄金スタジオにはstudio BO5の設計の割り箸を使ったウォールがあり、接着剤と簡単なクリップで構成されている工夫が目を引いた。

20111031割り箸ウォールs-.jpg


区域には27の展示場が散在し、そこをアトリエとしている若いアーティストが作品を展示している。
アトリエは昔の特飲街の店を改修したものが大部分なので、その空間を垣間見るのも面白い。
間口一間、奥行き二間半の極小のスペースの二階建ての店が連続し、勝手気ままなコンテンポラリー系の作品が壁面に描かれた空間は、窓だけが昔の「ちょんの間」の記憶を残している。

20111031スタジオスペースs-.jpg  21111031初音ウイングs-.jpg


高架下には、会期終了後の引き取りてを探しているという、さとうりさの巨大な作品「メダム K」が特に目をひきつけた。
メダムはマダムの複数形で、Kは黄金町だろう。ここで働いていた女性達へのオマージュ。
製作者のさとうさんが、作品に金色の鈴を縫い付けていた。
会期終了までに訪れた人に縫い付け続けて貰い、作品の変貌を見てみたいと。
協力して、慣れぬ手つきで一つの鈴を縫い付けた。
濃紺の「メダム K」が、黄金の希望に満ちたゴールデンベアーになるかもしれない。

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少し前の雰囲気を残す路地や店はそこかしこにあり、その猥雑さが心地よい。
陽が落ちると、昼間の取ってつけたような気配は払拭され、昔の気配が何処からともなく舞い戻り、染み付いたてだれた光とほの暗い闇が辺りを包み込む。

20111023路地s-.jpg  20111031竜宮旅館s-.jpg  20111031夕刻s-.jpg  20111031竜宮旅館2s-.jpg


黄金町バザールは、ひと時の宴だが、夜の帳と共に街は無限に循環して生気を取り戻す。
まだまだ青臭いアートという言葉ではなまなか太刀打ちできない、饐えた気配が心地よく漂っていた黄金町だった。
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2011年02月17日

中平卓馬写真展「Documentary」

BLDギャラリーで行なわれている中平卓馬の写真展。

2003年に横浜で行なわれた「原点回帰」以来、久しぶりに彼の作品を見た。
動物、浮浪者、ありふれた風景など158点の均質化された、全て縦位置のプリントが並ぶ。

山羊.jpg  浮浪者.jpg  AKA .jpg


「原点回帰」以来の8年間は回帰した地点から一歩も踏み出さず、ひたすら撮るという行為自体を言葉の代わりに紡ぎだしてきた事が明白だ。
何かを表現するために撮るのではなく、撮影するという行為自体が表現になったと言う稀有な例かもしれない。

縦位置の写真は、明らかに平衡感覚の失調を顕して、多くの作品が左に傾いでいた。
鮮明な色彩と裏腹に作品は何も語らずに、浮遊する無意味さだけを拡散させる。

PROVOKEのかっての仲間の森山大道や高梨豊と比べる事は不可能だが、森山が「ドキュメンタリー」の写真集の帯に書いていた事が、全てを物語るようだった。

 「ったく、中平卓馬はいいところへ行ったよな。俺は口惜しい!」

その言葉の通り、中平の意識は現世の地平の彼方に漂っている。
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2011年01月10日

博物館に初もうで

東京国立博物館がリニューアルオープン記念で、今月の16日まで特別公開を行なっている。

普段は特別展でしか見れない国宝が大判振る舞いで展示され、干支の卯にちなんだ縁起物も多い。
街道歩きの初詣の次には、お正月らしく、選りすぐりの名品を見に博物館に初詣に出かけて見た。

まず、艶やかな活花が迎えてくれる。

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光琳の風神雷神図も、意外と人が少なくじっくりと見ることが出来る。
隣にはさりげなく、若冲の松梅群鶏図屏風。

20110106風神雷神図s-.jpg   20110106風神雷神図1s-.jpg   20110106風神雷神図2s-.jpg   

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干支にちなんだ、美品も多数。

20110106染付双兎図大皿s-.jpg  20110106兔水滴s-.jpg

   
富嶽三十六景の山下白雨も良く、おなじみの光悦の舟橋蒔絵硯箱も静かな存在感を発現している。

20110106富嶽三十六景山下白雨s-.jpg  20110106舟橋蒔絵硯箱s-.jpg  


特集陳列で「香りをたのしむ−香道具−」という企画がされていて、香道に携わる人には見逃せない。
蒔絵の細工物もさることながら、さりげない銀葉や伏籠の単純で清明な美しさに心が惹かれる。

20110106銀葉s-.jpg  20110106伏籠s-.jpg    


書の名品も数多く出展されている。
一休宗純や隠元のものは、説話でイメージされている人物像と全く異なり面妖であり、剛毅であり鮮烈だ。

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圧巻は、国宝の古今和歌集元永本。金銀砂子の料紙は800年を経ても輝きを失わず、藤原定実の手といわれる散らし書きは流麗の極み。

20110106古今和歌集元永本s-.jpg   20110106古今和歌集部分s-.jpg  

開いている頁には、春歌上の三首が看て取れる。

 雪のうちに春はきにけり 鶯のこほれる涙いまやとくらん
 梅が枝に きゐるうぐひす 春かけて 鳴けども今だ 雪はふりつゝ
 春たてば花とや見らむ 白雪のかゝれる枝にうぐひすの鳴く

間の季節と間の心、春なのか、はまたま冬か、と気配も心も揺れ動く。
しかし春はすぐそこだと思いつつ、夕暮れの博物館を後にする。

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2010年09月24日

オノデラユキ 写真の迷宮(ラビリンス)へ

大分前に終了したが、9シリーズ60点の展覧会。

夫々のシリーズに夫々のテーマがあり、写真ではなくてそのテーマ自体を解説する事にも力が割かれている。
写真作品は概念操作の手段として扱われており、写真自体の表現としては単独では自立していない。

勿論、作家の数だけ手法があり、鑑賞者の数だけ、色々な鑑賞方法があるので、「オルフェウスの下方」の様に失踪者のいたホテルから、地球の反対側に突き抜けるのも良い。
「Roma-Roma」のように、二つの同じ名前の都市をステレオカメラで撮影して併置させ、一方はモノクロにルーペを使って手彩色という説明を聞いて納得するのも良い。

手法自体がテーマになることはそれも一つの手法だろうが、一度概念を咀嚼するという行為が必要なものは韜晦的だが、概ね作品は詰らない。

小説の劇中劇と同じで、彼女の語る事の半分はそれ自体がフィクションだろうが、それを信じてみるのも裏の裏を読んでみるのも一つの鑑賞法だろう。

大画面の「12SPEED」の鏡の仕掛けは、陳腐で空回り。
「トランスヴェスト」のフォトモンタージュのように、写真を写真で撮るという事も、色使いを除いてはかなり使い古された手法に思われる。
「アニューラ・エクリプス」のシルクスクリーンを使うのも必然性は無く、表現の新しさだけを求めて隘路に迷い込んでいる。

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展覧会のタイトルの「ラビリンス」は、写真の迷宮でなくて、彼女自身が入り込んでしまった表現の迷宮と得心がいった。

漆黒の闇に浮かぶほのかな灯りの「窓の外を見よ」だけは、余分な説明が不要で評価出来る。

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2010年09月03日

束芋の「ててて」展

束芋の「ててて」をギャラリー小柳で見る。

横浜での「断面の世代」を見逃して、朝日新聞の連載小説の「惡人」の挿絵以外は初見だが熱狂的なファンも多いという。

表現方法とか、拘った材料とか、意表をつく立体的な作品や、展覧会名になった、手に毛髪を絡ませた作品など、通底するのは不気味さと腐臭をはなつ病的な偏執性だ。
この作家の作品は目でなく、見る人の生理に絡みつく。しかも大よその人にとっては神経をざらつかせ、ザワザワと鳥肌を立てさせるような生理だ。

束芋ててて2.jpg  束芋ててて.jpg


瞬間的にルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリの合作の「アンダルシアの犬」を思い浮かべた。

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束芋の世界は、鋭い剃刀で切り裂かれる眼球や、不気味に掌をうごめく蟻と手を結ぶ。

藤原新也がインドでの衝撃的な死体の写真に「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」と文を添えているが、その言葉を借りれば「束芋の作品は賞賛されるほど自由だ」という事になるだろう。
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2010年06月09日

森山大道新作写真展「NAGISA」

銀座のBLD GALLERYの写真展。

今まで、一人の女性を撮り下ろすことのなかった森山大道が、一年掛けて渚ゆう子を撮った作品の展示会。

場所は都会であり、雪の山形であり、海辺であり、と様々だ。

何故ゴールデンポップスの歌姫、渚ようこなのかという事も不明だが、どの画面にもザラリとした不協和音を流している被写体としては、二人の組み合わせは最適だ。

数枚の写真に宇野亜喜良が、オープニングの時にコラボレーションしてイラストを加筆している。
当意即妙なイラストにも感心するが、もう76歳だからその衰えを見せない気力にも感服する。

森山と、宇野と、渚の取り合わせは展覧会で爛れた祝祭的な雰囲気を十分に醸し出してる。

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森山と渚の、会場での対話映像が公開されている。
http://mediadefrag.jp/project/nagisa/

殆ど語らない渚の、「嬉しかった」という言葉と森山の「時間が全て」という最後の言葉は共に胡散臭い。しかし胡散臭さを越えて作品を作り終えた、共同正犯としての語られない通底する意識が見てとれる。

森山特有の、粒子を荒らした写真が二枚大伸ばしで展示されていた。
荒らした粒子の中の渚は、なぜか不機嫌な安堵に包まれているようだった。
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2010年03月27日

「博物館でお花見を」から西行に花たてまつる

開花宣言の後の花冷えで、戸惑い勝ちの桜だが、東博は特別展の幕間つなぎの「博物館でお花見を」。
展示品を見るのも良し、花を愛でるのも良し。

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国宝室の花下遊楽図屏風も、浮かれ踊って艶やかだ。

20100327花下遊楽図屏風s-.jpg  20100327花下遊楽図屏風2s-.jpg


館内に桜をモチーフにした様々な名品が展示されて、いつも見過ごしてしまうものも新たに楽しめる。
北斎は夜鷹かと思ったら「桜花に鷹」

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明日は陰暦の2月16日で、桜に生き、桜に死した西行の命日にあたり、今日は西行忌。

 仏には桜の花をたてまつれ わが後の世を人とぶらはば

西行の墓のある弘川寺まで行くことは叶わぬので、せめて今日は現し世から博物館の選取り見取りの花を奉りたい。

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2010年03月22日

東京大学総合研究博物館の「命の認識」展

東京大学総合研究博物館で行われている「命の認識」。

遺体科学の教授で、年何百体もの動物をひたすら解剖する遠藤秀紀の総指揮で会場が構成されている。

遠藤は、かなり気負って次のように語り始める。
・・・あなたを苦悩のどん底に陥れる空間を東大の博物館に創ってみたいと思っていた。「命の認識」は、博物館を快楽やサービス提供の場などと称した昨今の悪しき意思を根本から破壊して、そこに個人が命を認識するまでの根源的苦悩の場を広げることを、私が試みたものである。・・・

導入部に晒された骨ではなく、遠藤が「死の誕生」と呼ぶアジア象の死産胎児、キリンの死産胎児の体幹が出迎える。
遠藤は、アジア象についてこう述べる。
・・このゾウを見て、 神秘でも、畏怖でも、謎でも、ときには嫌悪でも、多くの人に命を源泉とした特異な感覚が生まれるならば、この命展はひとつの出発点を獲得したといえるのである・・・

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学術的な意味合いをまったく捨象して、一室に分け隔てなく大きな一枚のテーブルに整然と並べられた夥しい骨は語らないことで命を語る。

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商業主義的な博物館展示への強いアンチテーゼから、展示には一切のキャプションがなく、皮肉たっぷりに「日本人的な勤勉さに対する、わずかばかりの添えもの」とされたリーフレットがあるだけだ。

写真家の石内都が「ひろしま/ヨコスカ」で、やはり一切の説明を排除したことを思い出す。


隣の会場では、キュラトリアル・グラフティ展が行われており、動物でない、人にかかわる考古学的なものをキュラトリアルワークとして展示している
展覧会を企画開催することはcurateだが、標本の保全と活用もcurateということを知る。

考古学としての、人の頭蓋骨も正にキュラトリアルワークの成果として展示されており『古人骨頭骨「名品」展示』とあった。名品だ。

動物も縄文人も、命を認識するまでの根源的苦悩の場を広げる、というよりも一種の秘やかな快楽に繋がっているように感じられた。

中原中也の「骨」
 ホラホラ、これが僕の骨だ、
 生きてゐた時の苦労にみちた
 あのけがらはしい肉を破つて、
 しらじらと雨に洗はれ
 ヌックと出た、骨の尖。
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2010年03月10日

三月十日東京大空襲・井上有一遺墨展

すみだリバーサイドホールで、東京大空襲の三月十日を挟んでたった3日間だけ開催された、井上有一の遺墨展。
既に伝説の書家になっているが、井上は東京大空襲に遭遇し仮死状態から奇跡的に生還した。
昨日は、今や殆どの人が記憶の彼方になっている、東京大空襲から65年目だ。

どの書も叫びに満ち、咆哮し、地の底から、唸りをもって湧き上がるようだ。
書で何が表現出来て、何を伝えられるのかと言う事に対する、有無を言わさぬ回答がある。

木をクリッド状に組んだシンプルな会場も素晴らしい。

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晩年の井上が、禅の高僧の遺偈を臨書した作品も展示されている。

自分の残る命を知った時に、荒々しい筆捌きから遺偈に移行し、最後は宮沢賢治の物語を稚拙に見える字で書き残している。

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井上が残そうとしたものは定かでは無いが、定かでないものが深く強く心を打つ。愛も風も正に日々の絶筆だ。

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死後発見されたという、井上自身の遺偈の通り、彼は無法を追って無法に至れたか。

 井上ゆいげ.jpg

 守貧揮毫
 六十七霜
 欲知端的
 本来無法
 八二・十月廿七日
     有一
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2010年02月13日

Living Form―生きている形

銀座のポーラミュージアム・アネックスは、いつも小粋な展覧会で楽しませてくれ、ぶらりと銀座を歩いたあとに立ち寄るには絶好だ。

今回は「Living Form―生きている形―チャック・ホバーマン展」

この構造デザイナーは銀座のポーラビル自体の動くファサードの設計者。
バンクーバーの冬季五輪も開始されたが、今は誰も思い出すこともないソルトレイクシティ冬季五輪の開会式の可動アーチも設計した。

会場に入ると、ミュージアムのある三階のファサードを実際に動かせる装置があり、誰でもLED照明を七色に変えながらファサードを開閉させる事が出来る。
当たり前だが、自らが外からの効果を確認できないのは、ちょっと残念。

20100213ファサードs-.jpg  20100213会場s-.jpg


会場内も実際に、動かして構造体の変容を確認できる模型もいくつか置かれている。
バックミンスター・フラーのジオデシック・ドームの可動版もあり、ハリセンボンのような形がチャック・ホバーマンの技術によって変容する姿を見るのも面白い。 

20100213ドーム1s-.jpg  20100213ドーム2s-.jpg

技術が芸術や美に短絡的に結びつくものでは無いが、その志向が無ければ何者にもなりえないのは当たり前の事だ。

Living Formは、時々それに届いて、際どく美のように見える事がある。
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最初で最後のノーマンズランド

”『No Man’s Land』 創造と破壊@フランス大使館 − 最初で最後の一般公開”と銘打ったアートイベントが行われているフランス大使館旧館へ。

入り口でピンクのストライプにからめとられた、プジョーが迎えてくれる。
国内外、有名無名、玉石混交のインスタレーションは確かに学芸会。
建物全体がキャンバスとなり、オモチャ箱をひっくり返したようで今宵限りの大騒ぎ。
しかし、普段はあまり聞くことの無い、フランス語の会話があちこちで流れるのも、何となく耳に心地よい。


20100213プジョーs-.jpg  20100213アート廊下s-.jpg  20100213アート階段s-.jpg 

20100213アート自転車s-.jpg  20100213アート土s-.jpg 


この建物は50年以上も前の1952年に、フランスの建築家ジョゼフ・ベルモンが若干24歳の時に設計している。
デザイン的には内外部に、そこここにコルビジェの影響が伺える。
内部の執務空間は驚くほどに質素で、多分大使の執務室と思われる部屋も簡素な空間で、作り付けの家具があるだけだ。

20100213外観s-.jpg  20100213壁画s-.jpg  20100213螺旋階段s-.jpg

20100213執務室s-.jpg


50年前のモダンを纏った大使館は解体されて、跡地には多分50年も持つすべのありようのない、野村不動産のマンションが建てられてしまう。

ポール・クローデルはこの敷地に、フランス大使として1921年から六年間を過ごした。
解体される建築の記憶は速やかに消失し、人の記憶はそれより永らえ、さらに土地の記憶は何時までも生き続ける。

ポール・クローデルが生きていたなら、最初で最後の一般公開をどの様な思いで見守っただろうか。
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2009年11月18日

隈研吾の「Studies in Organic」展

ギャラリー間の隈研吾の「Studies in Organic」展。

小さいものでは結構上手い素材の使い方をしていた隈研吾だが、ルーバーと孔から抜け切れない。

何を思ったか、最近は「有機的」、「有機体」が売り言葉らしい。
建築で有機的というとすぐにライトや村野藤吾、更には伊東豊雄などを思い浮かべるが、隈研吾の有機体とはどうだろう。

曰く、「抽象的なものから抜け出して、有機的なものへと向かいたいと考えている。有機的なものは、単なる自然とも自然素材とも違う。有機体は生命体に固有の「生成」のダイナミズムを有していなければならない。・・・」

しかし、彼の空間は外装で期待するものとは裏腹に、全く逆に無機的なものを感じさせる。
模型を見る限り彼の行っている有機的は、単に分節化、パターン化された幾何学的なものに集合に過ぎない。そしてあくまで全く単純な直線で構成された単位の組み合わせだ。

ギャラリーにはグラナダ・パフォーミングアーツ・センターやブザンソン芸術文化センターの模型が展示されている。
これら巨大建築の内部空間はどうなるか、興味がわくところだ。

グラナダ.jpg  プザンソン.jpg
 
模型の中では唯一、「梼原まちの家」が面白くなりそうだった。

一昔前は共生という言葉が流行し、猫も杓子も共生だったが、最近はやや手垢にまみれたのか、見捨てられつつある。
負ける建築から、勝つ建築になりつつある隈研吾も、M2から様々変わってきたので、「有機的」をキーワードに変わるのは結構なことだろう。
軽い言葉は変転し、人も機を見て敏に変転する。
これからも様々に変節しそうな隈研吾だ。


ギャラリー間は以前は写真撮影可能だったのだが、入り口に撮影禁止の標識が貼られていた。
という事は、恒常的に禁止になったわけで、森ミュージアムや世界の流れとは全く逆行している。受付の係りの方に問うと、撮影を嫌う建築家が増えているのでと言う答えで、要領を得ない。果たしてそうなのか?
安藤忠雄展以来ではないのか。残念なことだった。
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2009年10月06日

杉本博司の「Lightning Field」

杉本博司も写真界ではすっかり大御所になって、今年は世界文化賞を絵画の部門で受賞。
その杉本の新作の「Lightning Field」展をギャラリー小柳で見る。

撮影と言う行為ではなく、高電圧の放電現象を意表を付いて直接フィルムに焼き付け、そこに一見シナプスか植物のようにも見まがう形態が出現する。

20091006ギャラリー小柳s-.jpg  20091006lightningfield.jpg


写真の裏に秘められたプロセスは、スリリングで面白いが、全く偶然性に委ねられた単に現象を可視化する行為は、芸術と言うよりは殆ど科学の範疇だ。
しかし、既に神話化しつつある彼の作品は、熱狂的なファンが多く、高額な金額で多くのものが売約済みとか。
魅力的且韜晦的な彼の話術に包められる人は、ますます増えているようだった。

今月末には杉本自身が庭と内装を設計したというIZU PHOTO MUSEUMがオープンし、「杉本博司―光の自然」展が開催される。
そこでは、Lightning Fieldの成果の一つを屏風仕立てにした六曲一双の「放電日月山水図」が展示されるという。
自身が手がけた空間で、自信の作を展示する訳で、見に行かない訳にはいかない。

世界文化賞発表の記者会見では何故か中曽根元首相の隣に座り、少し脂の抜けてきた中曽根に比して、杉本は益々妖怪めいて見えてきた。

世界文化賞s-.jpg
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ソクーロフのボヴァリー夫人

20年ぶりに公開されたという、ソクーロフの「ボヴァリー夫人」。

2010年のフローベル生誕130年初年に先駆けて、ソクーロフが20年前のソビエト混乱の時期の作品をディレクターズカットで送り出した。

前評判は上々だが、実物はいささか期待外れだった。

ボヴァリー夫人2.jpg  ボヴァリー夫人1s-.jpg  ボヴァリー夫人3.jpg


全編を通底する、ストーリーを暗示する蝿の羽音、意図的な荒れた画面、冒頭の即物的なセックスシーン、極端なクローズアップによるスケール感を失わせる巨大な画像、暴力的な音の効果。
など、ディテールで見れば印象的なものは多い。
しかし、リーフレットにある「幸せの行方」と言うような言葉で括るような世界にはソクーロフは全く向いていないように思われる。

ソクーロフ自身は「私は今も世界に数多くいるエマのためにこの映画をつくった」と言っている。
20年前の若描きなら納得だが、20年過ぎた今、同じ言葉を吐き出すのはかなり意図的な鈍感さだ。

エマを演じる素人だったセシル・ゼルヴダキのキャスティングは、美醜よりも怪女優という方が相応しい。

それでもソクーロフ好きは数多く、上映館のシアター・イメージフォーラムは満員だった。
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2009年09月26日

東博平常展散歩:趙之謙など

東博と言うと、最近はもっぱら阿修羅展に代表される特別展ばかりが目に付くが、「趙之謙とその時代」をお目当てに特別展の合間の平常展に足を運んでみた。

趙之謙は清時代に逆入平出の技法で、碑学派最後の人間として北魏書という表現分野を切り開いた。
隷書、楷書、行書の作品は、型へ落ち込みそうになりながらも、際どく踏みとどまり、特に渇筆の楷書五言聯では鬱屈した気が噴出している。

趙之謙1s-.jpg  趙之謙2s-.jpg  趙之謙3s-.jpg

篆刻の方が日本に強い影響を与えたというが、篆刻については全く不明なので、猫に小判なのが残念だった。


2Fでは、「中国書画精華」。
国宝が目白押しだったが、趙孟ふの蘭亭序十三跋が一際眼を引いた。
日本の焼経は見ているが、定武本蘭亭序を臨書して火に遭ったものが丁重に装丁されており、蘭亭序に対する中国の計り知れない偏愛振りが溢れ出る。

20090926蘭亭序十三跋s-.jpg


黄庭堅の王史二氏墓誌銘稿巻も、夥しい加筆訂正が面白い。

20090926王史二氏墓誌銘稿巻s-.jpg


書以外にも、こんなものがこんな所にと眼福横溢。

遮光器土偶は亀ヶ岡のものが有名だが、秋田の恵比須田のものも中々だ。逆に亀ヶ岡の遮光器土偶でないものもユーモラス。
火焔土器も陳列中。

20090926遮光器土偶s-.JPG  20090926亀ヶ岡土偶s-.JPG  20090926火焔土器s-.JPG


438年作の江田船山古墳出土の銀象嵌銘大刀は、日本人による現存最古の漢字が描かれている。
稲荷山古墳出土のものと同じ雄略天皇に比定される大王の名前が書かれていて、大和政権の勢力範囲を知る上でも有名だ。
ここでお目にかかれるとは思わなかったが、勿論国宝。

200909026銀象嵌銘大刀全体s-.jpg  200909026銀象嵌銘大刀s-.jpg


さりげなく珠玉の青磁「銘馬蝗絆」が置かれている。

20090926馬蝗絆s-.jpg


小品だが、酒井抱一の「武蔵野図扇面」は扇一つで秋の気配を漂わす。

20090926酒井抱一扇s-.jpg


法隆寺宝物館の「摩耶夫人及び天人像」
摩耶夫人が無憂樹の花枝をた折ろうとするや、釈迦が腋下から誕生した伝説の造形だが、闇の中ではまるで流麗に舞い踊っているかのようだ。

20090926摩耶夫人s-.jpg


竜首水瓶の、蓋の龍の抉り取るような造形は緑色ガラス製の竜眼を一際引き立たせ、竜は眠る事無く時空を睥睨し続ける。

20090926竜首水瓶s-.jpg


美術の秋の少し手前、見れども見えずの幣を少し解きほぐした平常展散歩だった。
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2009年07月18日

ヘルシンキ・スクール写真展

梅雨が明けて夏なのか、立秋を過ぎて秋なのか、季節感の狂った迷走する天候が続く。

資生堂ギャラリーでヘルシンキス・クールの写真展が行われていた。
好き嫌いはあるが、もし今が本当の夏なれば、その中のいくつかの作品の極北の氷とオフェリアの水は、時節柄、危ういが一時の涼をもたらしたかもしれないものを。

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会期は8月9日の今日まで。
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